ツックルさん
以前にもえこべで書いたことがありましたが、大阪におともだちがいます。
友達の知り合いであれば誰でも遊びに来て、
楽しければいつまでも泊まっていたりすることができる
一桑苑というサロンを切り盛りしていた頃、
(どうかしら、今思いついた「サロン」呼ばわり。ただ住んでいただけなのに)
後にプリスクールのマネージャーになったシゲちゃんの友達という触れ込みで
はるばるやって来た人たちでした。
一人は
デザイナーのハンサムさんとなり、
もう一人のきっしゃんが、ツックルという名で美味しいものを作る人になりました。
彼女はわたしに、生活を目と心で楽しむことを教えてくれた人です。
教えというよりは、その心地良さを気付くきっかけをくれました。
たぶん彼女や彼女の仲間たちが
おしゃれ一辺倒のガイドブックのような生活感のない「おしゃれなお方」ではなくて
とびきり面白くていつも笑わせてくれるチームだったから、
大阪のいとこのお姉ちゃん、お兄ちゃんたちのように慕うわたしは彼女たちから
ガイドブックを手に取るよりも結構深く、実は影響を受けただろうと思います。
年が程よく離れていて、人生の経験とそれを楽しむ余裕と姿勢が
素敵なバランスで、自分にとって現実味のある形で見えたのかもしれません。

(一桑苑にて。誰かが酔っぱらって寝ているから記念に写真を撮ったんだと思う。)
木造のボロ家で「おばあちゃんち」みたいだけど、おばあちゃんち並の実用性があるよ、
という一桑苑で、一円単位で切り詰めながら
多くの小皿を並べることでお客の酒のツマミが貧相に見えないようにする
というようなことの醍醐味と達成感を味わうような生活をしていたわたしには
お台所や寝室や窓や玄関を、見ていて楽しいものにするという欲求は
縁のないものでした。
お皿がお料理を美味しく見せるとか、美味しい紅茶を選ぶとかいうことは、
まあ言ってみれば極貧で、先の人生なんて分からないけど明日バンドの練習だよね、
みたいな19だか20歳だかの小娘にはない発想だったのです。
月日が経って、サロンに集った仲間たちもそれぞれが大成したり幸せや豊かさを掴み、
わたしも成長しました。
これまでも、良いことも悪いこともあったし、これからも何かが起こると思います。
でも自分がちょっと新しい視点を手に入れた今、
昔の仲間が遠くても近くても、可愛くてもかっこ良くても美味しくても、笑えるものでも、
何かを生み出し、作っているということを改めて確認して、嬉しいなと思うのです。

(一桑苑にて。リーダーが電話している間に服を脱がせて、
誰かがリーダーになりきるというのが流行っていた。そんなアホなサロンだった。)
では失礼します。